8月23日

出陣した白虎隊士中二番隊は

会津市街戦闘の中、若松街道で

敵軍を迎え撃つ


銃撃戦となるが、白虎隊士の銃は

ゲーベル銃、政府軍は最新式の連発銃

勝負にならない。武器、人数、

戦闘経験ともに格段の差

白虎隊は死者を出しながら、闘うが、

このままでは全滅する・・。


副隊長の篠田義三郎は

退却の命令を出す。(隊長とははぐれていた)


負傷者を抱えながら、白虎隊は退却するが、

もう周りは敵だらけである


「城下はどうなっている!?」


とにかく、お城の様子を見ようと、

敵から隠れ、飯盛山の弁天洞の同門に入る。


ここは人口の水道で、猪苗代湖から城下の町へ水

を引いていた洞窟である。

昔よく遊んでいた飯盛山

白虎隊士は

地元の利を生かし、敵中を脱出する。


しかし白虎隊士市中二番隊は

ここから城下の惨状を見ることになる。


火の手が上がり、お城付近も火に包まれている


皆、絶望感に打ちひしがれる・・。


ここでかの自刃の場面となる。


しかし定説の「お城の周りの松の木が燃えているのを

落城と勘違いし、絶望し、切腹した」


というのはどうやら違うようだ・・。


飯盛山へ退却した白虎隊は鶴ヶ城

落城していないことは分かっていた。


「城へ戻って戦うか」「ここで腹を切るか」

「周りは敵だらけ、城へは戻れない」

「敵と戦って玉砕すべし」

「敵と交われば、捕虜になる可能性がある」

「やはりここで腹を切るべき」

と喧々諤々の論議を交わした。


結果、副長・篠田が「自刃」を選択


結局、ここで潔く「腹を切る」ことになった。

皆、鶴ヶ城に向かい、決別の意を表し

腹を切る。


傷を負っていた、隊士・石田和助がまず腹を切る


次には副長の篠田が「和助に遅れるな」

と一気に喉を突いた。

白虎隊士は次々と自刃する・・。


貞吉も「遅れてはならぬ」と思い

脇差で喉を突くが

ガチリと何かにつっかえて、切っ先が

喉の後ろへ出ない

もうひと押しと、刀の柄を近くの岩に

あて、全体重を乗せ、刀を突っ込んだ。

飯沼貞吉他

白虎隊士16名全員が自刃をする・・


・  ・  ・  ・  ・  ・


白虎隊自刃から数時間が経った・・。

飯盛山の近くに住む


印出ハツという女性がいた。

ハツは下級武士の妻である。

ハツの息子・八次郎という、

息子も出陣していた。


ハツは一向に戻らない息子を

心配し、飯盛山近くへきていた。


通りがかりの人が、少年隊士たちが

飯盛山で自決をしているとの話を聞く


「もしや息子が・・」


と思い、すぐ飯盛山山上へ駆けつける

そして、白虎隊士たちが 自刃しているのを

見つける・・・

「白虎隊士さんたちが・・」

みな冷たくなっていた・・。

しかし一人、かすかな動きがある者がいた


飯沼貞吉であった。意識不明である。


抱き起こすとまだ暖かい・・。


しかし喉を貫いたせいか、すごい出血であった・・

「未だ助かるかもしれない・・・」

ハツは貞吉を助けようとする


しかしこの時には新政府軍が近隣に

会津藩士をかくまった場合

「本人親族ともに、死刑」

のお触れを出している


ハツはおそらく貞吉の姿と自分の息子の姿が

ダブったのであろう・・・ 

(ハツの息子・八次郎は帰ってこなかった・・)


「なんとかこの子を助けなければ・・」 


貞吉を飯盛山の奥の 炭焼き小屋へ連れていき

応急措置をする。


日が沈み夜になってから

政府軍の目をかいくぐり

会津郊外の村へ移動する。ハツが必死になり

医者を探す。そこでたまたま長岡藩の

軍医の西洋医術の手当てを受けることになる。

(これが貞吉を救った決定打となった)


貞吉は生死の境をさまようが、

3日目に息を吹き返す

奇跡である!

ハツは命を懸けて、命を捨てた飯沼貞吉の生を

この世に留まらせるのである・・。

その1か月後激闘の末、会津藩は降伏をする。

鶴ヶ城は開城


貞吉は捕虜収容所へと送られる・・。

 

 

・・・・後編へ続く・・・・