【番外編】戦艦大和の遺産 前編

 

以前住んでいた家の近所に、おもちゃ屋さんがあり

入口に戦艦大和の模型が展示されていました。

いまだに、戦艦大和は人気があるようで、

たくさんのファンがいるようです。

 

日本だけでなく中国で「大和」の模型を販売したら

一瞬でバカ売れして、あまりの人気に中国政府が「販売停止」にさせた。

なんて話も聞きました。


本日は番外編 夏の季節ですし、

72年前、海に散った「戦艦大和」について触れたいと思います。

戦艦大和の沈没は日本敗戦・海軍滅亡の象徴として有名です。

いまだに本屋に行けば、かならず戦艦大和の本はありますし

この時期には必ずテレビでも出てきます

「疑問」

ただ「敗戦のシンボル」それだけで、ここまでの人気が続くものなのか?


冷静に考えてみたら、77年前に造られた船である。

私思うに、そこにはただ敗戦のシンボルの戦艦というだけではなく

何かほかの魅力がなければ、ここまで続かない・・。


少し調べてみると

やはりそこには当時では考えられない

今でも使われている日本ならでは技術がつぎ込まれていたのです。

ひっくり返して言うと

「日本の今の技術は戦艦大和から生まれた」ものが多いのです。

例えば新幹線

大和には飛行機が発射できたカタパルトを装備していたため

高速発射でも耐えうるカタパルトの技術は

後の新幹線の車輪・台車に応用された。

他にも 電子レンジ、 インターネット 冷蔵庫 カメラ  レンズ

大型船舶で使われている バルバス・バウ(球状船首(きゅうじょうせんしゅ)

ホテルニューオオタニの回転展望レストラン
(大和の主砲を動かす技術が使われていた)

 

そして最近では太陽エネルギー 新電池燃料の開発など 

平成の今の時代でも使われるぐらいだからすごい

本日は夏の季節ですし

「戦艦大和の最期」を日本の技術面から 

書きたいと思います。

77年前戦争へと突き進む

日本の中で

日本の技術と予算の粋を集めて建造された戦艦大和。

開戦から日本海軍の旗艦として存在するが

日本の敗戦が色濃くなってきた

 

1945年4月6日 全滅寸前の日本海軍は

戦艦大和に出撃命令を出す。

沖縄に行って「陸上砲台となれ」の命令とともに出撃。

沖縄はもうアメリカ軍に占領されている・・。

要するに沖縄へ向けた海上特攻である。

 

出撃し、豊後水道を航行中、乗員は「特攻」であることを告げられる・・。

命令を聞いた瞬間

搭乗員全員顔が青ざめる・・

しかし次の瞬間

闘志ともに真っ赤に変わる。

乗組員約3000名 全員が覚悟していた・・。

 

本来、戦艦の出撃時は護衛の戦闘機が付くが

護衛の戦闘機はない。

日本海軍は戦闘機を飛ばせる空母は撃沈され、燃料はなく、

もう戦艦の護衛すらできなかったのである。

沖縄への航路を裸の大和が最後の作戦へと臨む。

4月7日12時34分 鹿児島県坊ノ岬90カイリ地点 アメリカ航空機動隊が「大和」を発見

アメリカ海軍機動部隊からすぐさま攻撃機が飛んでくる。


戦艦大和最後の戦闘が始まる!


戦艦大和 VS アメリカ軍 空母11隻 戦艦6隻 攻撃機・爆撃機386機である。

戦力の桁が違いすぎる。 勝てるわけがない・・。

誰しも親もいれば兄弟もいる・・。

妻と子がいる・・

故郷もあれば想う人もいる

そして自分の未来がある・・


「生きていたい」と思っていた方もたくさんいたと思います

ただ

「死ぬとわかっていても、行かなければならない」

「負けるとわかっていても戦わなければならない・・。」

それが戦艦大和の最期である。

 

アメリカ航空隊 攻撃隊第一波  100機襲来

アメリカの航空爆撃隊が「戦艦大和」に向けて爆撃に入る 

  だが

まず アメリカ軍のパイロットが度肝を抜かれた!!

「なんだあのデカさは・・」

「ジャップ(日本人)がこんな大型戦艦を造ったのか・・」

大和は

全長263メートル 排水量2万5千トン、

当時の技術ではあんなでかい船を造る技術は

どこの国も持ち合わせていなかったのである・・。


しかし大和はデカかったのではない、

むしろ小さかったのだ。あの装備・機能を備えた船があの大きさなのは

有り得ない技術なのだ。

 

搭載している主砲は46cm3連装砲塔9門搭載  世界最大

砲弾一発は自動車1台分の重量)

射程距離 42km 世界最長

世界最重量砲弾はベルトコンベアーで運び、

戦闘機も甲板から発射させられ、

機動性も抜群

攻撃だけでなくディフェンスも世界最高

防御面でも重要区画(バイタルパート)では対46cm砲防御を施した、

そのほか新しい技術開発を行い


桁外れの戦艦であった。

 

こんな話がある1943年12月大和はトラック島付近で

アメリカの潜水艦から魚雷攻撃を受ける。一本の魚雷が大和へ命中し

艦体に10メートルほど穴が開くが、なんと 

乗組員誰も「気づかなかった」のである。

魚雷が命中したのに誰も衝撃に気が付かなかった!

なんちゅう装甲と設計だ!

他にも艦内はエレベーターがあり

最新・最高水準の通信装備

なんと部屋には冷暖房完備・

この時代に冷房すらあったのだ!

何度も言うが 77年前の船である


そして戦艦大和最後の戦いが始まる・・・。


前篇 終わり 

 

後篇は後日配信いたします。