番外編 ガダルカナル記


夏真っ盛りですね。

相場の方も不安要素から下げの様相でしょうか?

「私、実は昨日ガダルカナル島から帰国しました」

ガダルカナル島・・・

大東亜戦争の転換点

日本陸軍初めての敗戦の島

太平洋戦線で日本軍が地獄のような消耗戦をした島です。

この夏ひょんなことから、人生の価値観を変えるほどの

経験をしました。

私の大叔父は75年前戦争で亡くなりました。


勿論お会いしたこともないですし、お話もあまり聞いたことさえありませんでした。


亡くなった祖父母の家に遺影が飾られてあっただけで、とくにこれと言って


大叔父の話を聞いたこともなく、ガダルカナルにおいて輸送船で亡くなったとしか


聞いたことがなかったのです。

この夏祖父母の家が取り壊されることになり

悲しい気持ちでしたが、その遺影がもう外されていたので

ただなぜか私その遺影のことが気になっていたので

家がなくなるまでは

「戻してあげてほしい」

と言って元の位置に戻しました。


その時、一緒にいた私の従姉妹(いとこ)の姉の友達が


今度ガダルカナルの大使館に勤めることになり、

東京の新橋で飲んでいたらしく

たまたまその話が出て、ネットで調べてみたらご本人の名前があったのです。


びっくりしましたが、輸送船ではなく

前線の激戦で亡くなったとの文章が見つかったのです。


うちの従姉妹が私に連絡をくれ、75年前ガダルカナルで戦い全滅寸前にまでなった愛知県の精鋭部隊

「歩兵228連隊」に所属していたことがわかりました。


もうびっくりして、、

数少ない手がかりを探して探して、愛知県護国神社の方とお話をして

とうとう228連隊の遺族会の代表の方までたどり着いたのです。

愛知県の春日井にお住まいの方なのですが、

お話をお伺いしに行き、いろいろと教えていただき、

旧日本軍のガダルカナル生存者の隊長の方にも聞いていただきました。

まだこの日本にはガダルカナル島で生き残った日本兵が生存しているのです!

そして「奇跡的なことですが大叔父の亡くなった場所が特定できたのです」

そして男のご縁か

「この夏、大叔父の供養にガダルカナル島に私行くことになりました」

 

続く