「ほっぺたなのか鼻なのかわからない」

カブックス神戸大阪・名古屋校講師の河端です。

私はボクシングが好きであるが、

今のチャンピオンには全く興味がない。

かなり強い世界チャンピオンがいるが

なんだか、イマイチである

日本人最強の井上尚弥も

井岡の甥っ子の井岡一翔も(女にたぶらかされて辞めてしまったが・・)

ミドル級のオリンピックで金メダルとった

なんとかと言うボクサーも


強いチャンピオンだが、特に魅力はない

彼らは幼いころから英才教育を受け

周囲の環境が整っている

チャンピオンになる道が作られているのだ

そんなん じぇんじぇん面白くない・・


ボクシングの最も素晴らしいところは

どん底の人間が這い上がるチャンスをくれるスポーツなのだ


私の最も好きなボクサーは徳山昌守だったが

誰も知らないと思うので


皆さん10年ぐらい前は一世を風靡した

内藤大助について通信を書きたいと思います。


内藤大助は北海道の虻田郡で生まれる

内藤がお腹にいるときに両親は離婚

カネがなく、生活も苦しいが、

母親は貧しいながらも民宿を始める。二人の子どもを養いながら

ぎりぎりのところで生活するが、有珠山の噴火で民宿も経営できなくなる。

小さいころから貧しく着るものは兄ちゃんのボロボロのおさがりばかりで

内藤大助は学校行ってもビンボー

本人の優しい性格もあって

学校では「ボンビー」と言われ、酷いいじめに合う

ある日校舎裏でバケツ被らされ

ぼこぼこに殴られた

地獄のような中学高校

胃潰瘍にもなった

高校卒業後、地元の就職にも失敗

東京にいる実の親父の工務店で働くことになり上京するが

上手くいかず  20歳・・

なんだかどうしようもなく、街を歩いていた

「自分はゴミクズだな・・」何にもできねえ


・・・・・っ


そんなとき、本屋の立ち読みで、「ボクシング雑誌をみつけた・・・」

ボクシングやれば、地元に帰っても嫌な奴らに

会ってもケンカに勝てる

ビビらすこともできる

そんな動機でボクシングを始めた。


しかしこの男、運動神経は高かった。

 

何より自分の人生を変えたかった。

 

デビュー戦で1RKO勝ち、少ない観客から拍手をもらった。

・・・・

人から拍手されたことなんてなかった・・。

 

ボクシングのリングで生まれて初めて拍手された。 

嬉しかった。

こんな気持ちになったことはなかった

その後

すさまじい努力で勝ちを積み重ねる

ボクシングがこの男の人生を変えた

試合前はビビりまくり

試合になったら、殴られても殴られても立ち向かっていくファイター!!

毎試合ボコボコに殴られながら、勝ちぬいていく

2002年4月19日世界タイトルマッチに挑戦する・・

所属の宮田事務は東京葛飾のしがないジム・・。

金がない・・。 他のジムと違い日本でのタイトルマッチは組めなかった・・。

敵地タイでの世界戦

最強チャンピオンのポンサクレックに挑戦

なんと

日本人最短 「1R34秒でKO負けする」

帰国後日本の恥と言われる。

アホ、バカ、やめちまえ、罵られる

しかしこの男そこから這い上がる・・。

あの頃と比べたら・・・

ボクサーは勝てば拍手がもらえる・・認められる・・。

自分の唯一の居場所だった


アルバイトでぎりぎりの生計を立てながら、ボクシングを続ける・・。

そして日本タイトル・東洋太平洋タイトル獲得


そしてなんと世界タイトルマッチ再挑戦までこぎつける・・。


ポンサクレックとの再戦!!


1Rから壮絶な殴り合い・・。死ぬ思いで内藤は最終ラウンドまで戦うが  

・・負けてしまった。

もうだめだ・・。

引退・・。普通なら引退である。

元々華のあるボクサーではない

20歳から始めているのでもう年齢もかなり上

内藤の選手価値は下がった。


ジムは二度の世界戦いでもう金がない・。というより借金だらけ。

ただ、ボクシングが好きだった。自分が生きている証拠はボクシングだけだった。

宮田ジムも唯一の強い選手だった。

「もう一度世界に挑む」

3度目の世界戦チャレンジ

内藤は見向きもされない、スポンサーもつかない

葛飾の貧する商店街の皆さんだけが信じていた。

多くの借金して何とか世界戦に挑戦できた。

負ければ引退、ジムは夜逃げ、

人生かけた世界戦に臨む!!

「これがダメだったら死ぬしかねえ」

相手は最強チャンピオン!1Rから内藤は人生かけて立ち向かう!


壮絶な殴り合いが続く、、最終ラウンドまで、戦い抜く

途中意識が飛んでいた

しかし戦うとにかく前に出る

そして「勝った」

最強チャンピオンに勝った

チャンピオンベルトが内藤に巻かれる 皆泣いていた


その頃、世の中は亀田兄弟に注目が集まっていた。


テレビつけても亀田亀田、


亀田のバカ兄貴が金の力でチャンピオンになったからである。

しかしその月のボクシングマガジンの表紙が忘れられない

『内藤よ、思いのだけ、泣くがよい!!』

ボクシングマガジンだけはボクシングに忠実だったのである!

 

その後、亀田のアホ弟と2か月後に強行スケジュールで

タイトルマッチ組まされる。

満身創痍、膝、肘、拳もうボロボロである

内容の鼻は長年の戦いで鼻骨が完全に砕けているため

頬っぺたと同じ感触であるオスと凹む

「頬っぺたなのか鼻なのかわからない」

それでも戦った

戦前亀田のバカ兄貴は内藤のボクシングスタイルを馬鹿にした

変則ボクサーの内藤を「ゴキブリ」とまで言った

しかしこの男は本当のチャンピオンだった

亀田アホ弟の汚い反則攻撃にさらされながら


戦う!

そして勝つ!!


そして日本の人気者になる!!

どん底から這い上がって、チャンピオンになった

内藤は不器用な人間だ。

試合後、まぶたや鼻から血を流しながら

「自分みたいなどうしようもないボクサーはぼこぼこになっても

お客さんよろこんでもらうような試合して、

みんなに来てよかったと思えるような試合ができたらそれでいい」

口の中血ー流しながら叫んでいた。

5度の防衛後負けて引退

 

『こういうのがいい。』

こんな不器用で這い上がるボクサーがいい!!

今のチャンピオンはエリート育ちで、勝ってもなんとも面白くない

内藤みたいな下町から這い上がるボクサーがいい!!


・・・と長々書きましたが

また河端?

お前投資に関係あるのかその話??

「・・・・」


「全く関係ありません!!」(>_<)


しかし、そうとも言い切れない、投資もボクシングも一緒なのだ

勝者と敗者しかいない・・。

勝てば今の苦しみから脱出できる!

相手をひれ伏させることができる!!


負ければ、すってんてん。何にも残らない

昔ボクシングジムの会長が言っていた

人生はボクシングと同じ

「食うか食われるか!」


投資もリングも同じこと! 這い上がるには勝利しかない!!


ということで

みなさん週末頑張りましょう!